2010年11月22日月曜日

失くしたグローブと父の思い出

秋の夕陽を背に長く伸びた自分の影を踏みながら小学校三年の私はトボトボと家路についていた。どこで落としたのか、母に買ってもらったばかりの大切な野球のグローブが半日探し続けても見つからず、お気入りを失ったやるせなさと、母への申し訳なさとで足取りは重かった。うまい言い訳も思いつかなかった。
予想通り母からはお目玉を食らった。父は何も言わなかった。その後は、守備の時だけ友だちのグローブを借りた。左利きの私が右利き用グローブを上手くはめられるようになった頃、思いがけないファーストミットのプレゼント。父が勤務先の高校の野球部からもらってきた使い古しだった。しかも左利き用。それから十年も私はそれを愛用することになった。21歳の春を迎えた息子が人生最大のつまずきで落胆していることを妻から聞き、暗澹として彼の将来を考えていたとき、なぜか四十年前の失敗と今は亡き父の思い出が甦ってきた。(『コーヒータイム』 2009.3.15号)
追記 父の勤務先は鮮やかな黄色の校舎の釧路江南高校で、私はその後、学校帰りにこの高校の野球部の練習をちょくちょく見学にいった。選手の名前も全部おぼえて応援したが、私が釧路にいた間は甲子園に行けなかった。たしか父の転勤で函館近郊の大野町に引っ越してきたとき甲子園に。私はもちろんテレビで熱烈に応援した。

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